積分値
前項で見たスペクトルにはいくつものシグナルがありましたが、各シグナルを拡大すると以下のようになっていることがわかります。
このように、各シグナルはある程度の幅(面積)を持っていることがわかります(シグナルが何本かに分かれていることも気になると思いますが、これについては次項にて解説します)。
この面積は積分によって計算できるため積分値と呼ぶことが多いですが、正確にはシグナル面積強度といいます。積分値は水素の数に比例するため、各シグナルの積分値を比較することで、どのシグナルがいくつ分の水素に相当するのかを知ることができます。
上図には、(溶媒のシグナルである7.26を除くと)6つのシグナルがありますが、それぞれの積分値を調べた結果、右から順に「3H、2H、2H、1H、2H、2H」となっています。
ちなみに、水素の数に関しては「積分値が何cm2だったから1H」のように決まっているのではなく、積分値の比によって水素の数がわかるだけです。
そのため、メタン(CH4)やベンゼン(C6H6)ように最初から1種類しか水素がないものでは積分値がわかりませんし、積分値が1:2になったからといって、それは必ずしも「1Hと2H」を意味するのではなく、「2Hと4H」かもしれません。
たとえばプロパン(CH3CH2CH3)の1H-NMRスペクトルを見ると、2本のシグナルが現れてその面積は3:1になりますが、これは「3Hと1H」ではなく、本当は「6Hと2H」を表していることになります。
重水素置換
上図の6ppmのところにあるシグナルは構造式中の左端にあるヒドロキシル基(-OH)の水素に対応しますが(これがわからないという人は、前項を見返してください)、この化合物に重水(D2O)を加えると、この6ppmのシグナルが消えます。
これは、ヒドロキシル基(-OH)の水素が添加された重水(D2O)の水素と置換され、ヒドロキシル基が「-OD」になったので1H-NMRのスペクトルに現れなくなったためです。
余談ですが、NMRスペクトルの概要と測定法のページで解説した通り、重水素(D)は磁気双極子モーメントが0なので、NMRが使えません。
つまり、ヒドロキシル基(-OH)やアミノ基(-NH2)のようにヘテロ原子(OやNやSなど)に直接結合した水素は、重水の添加によって1H-NMRスペクトルからシグナルが消失するため、この現象は構造解析をする際のテクニックとして使えます。
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