問 題
図は桂皮酸イソプロピルエステル[C6H5CH=CHCOOCH(CH3)2]の1H-NMRスペクトル[300MHz、CDCl3、基準物質はテトラメチルシラン(TMS)]である。このスペクトルに関する記述のうち、正しいのはどれか。1つ選べ。なお、7.26ppmのシグナルはCDCl3に含まれる微量のCHCl3に起因するものである。
- 1.3ppm付近には積分値が3H分の一重線が2本ある。
- 5.2ppm付近には五重線がある。
- 6.5ppm付近の二重線の結合定数が16Hzであるとき、二重結合はE配置である。
- 矢印で示す7.5ppm付近の多重線の積分値は3H分ある。
- 最も低磁場のシグナルは、芳香環上のプロトンに由来する。
解 説
桂皮酸イソプロピルエステルの構造式は問題文で与えられているので、まずはスペクトルの各シグナルが構造式のどの水素に対応するかについて考えます。
まず、構造式にaで示した水素はアルキル基に付いた水素なので、1~2ppmのところにシグナルが出ます。これはわかりやすいと思います。
次にbについて考えると、これはエステルのO原子の隣接炭素に付いた水素です。この場合、大体3.5~4.5ppmくらいに出るのが一般的ですが、今回はこの範囲にシグナルが見当たらないので、5.2ppmのシグナルがこれに当たると考えるべきです。
また、bの水素には隣接水素が6つあるので、シグナルは七重線になるはずです。実際、図のシグナルはたくさん割れているので、やはり5.2ppmのシグナルがbの水素であると判断できます。
続いてcとdはアルケンに付く水素です。どちらも隣接炭素が1H分なので、そのシグナルは二重線になります。よって、6.5ppmと7.7ppmのシグナルに対応することがわかります。
c・dと6.5ppm・7.7ppmの組み合わせについてですが、cのほうはエステルにも隣接しているため、より低磁場側(左側)にシグナルが出ます。よって、cが7.7ppmでdが6.5ppmということになります。
残るのは芳香環に付くe、f、gです。これらは7.4ppmと7.5ppmのシグナルに対応します(7.26は問題文にもある通り溶媒のシグナル)が、必要がない場合は芳香環の水素を一つひとつ同定する必要はありません。
とはいえ、今回の問題に限っては芳香環の水素を区別する必要が出てくるので、それについては以下に記載する選択肢ごとの解説の中で説明します。
以上を踏まえて、各選択肢の記述について考えていきます。
(1)に関して、1.3ppm付近のシグナルは上図aに相当します。ここには3H分(メチル基)が2つありますが、この2つのメチル基は等価な関係なので、3Hが2つというより6H全てが等価であるといえます。
また、aの隣接炭素bのところには1Hが付いています。シグナルが何重線になるかは、隣接炭素に結合している水素の数に+1すればよいので、aは二重線になることがわかります。
よって、(1)の「3H分の一重線が2本」という記述は誤りで、正しくは「6H分の二重線が1本」となります。
(2)は上記ですでに解説していますが、5.2ppmのシグナルはbに対応し、隣接炭素が6つあります。よって、ここの記述は「五重線」ではなく「七重線」とするのが正しいです。
(3)はややアドバンスな内容です。6.5ppmのシグナルは上記で説明したとおりアルケンの水素ですが、このアルケンがE配置かZ配置かで二重線の結合定数(J値)が変わってきます。
知識問題にはなりますが、E配置ならJ値は12~18Hzで、Z配置ならJ値は6~12Hzというのが目安です。今回は16Hzとのことなので、これはE配置であり、(3)の記述が正しいと判断できます。よって、(3)が正解です。
(4)について、e、f、gの合計5H分が7.4ppmと7.5ppmのシグナルに対応しています。芳香環に付く水素は6~9ppmに現れますが、この範囲のどこに出るかは周囲の状況によります。
今回の場合はeは芳香環の隣にあるアルケンの影響を受けやすいので、より低磁場側(左側)にシフトすると考えられるので、eの2H分が7.5ppmのシグナルに対応し、fとgの計3H分が7.4ppmのシグナルに対応します。
実際、両シグナルの面積を目視で比べてみても7.5ppmのほうが少し狭そうなので、こちらが2H分で7.4ppmのほうが3H分に当たると判断できます。
よって、(4)の記述は誤りで、これは「3H分」ではなく「2H分」となります。
(5)も冒頭で解説済みですが、これは二重線なのでアルケン由来のシグナルであり、cかdかでいえばエステルの影響を受けやすいcのシグナルということになります。
よって、芳香環上のプロトン由来ではないので、(5)も誤りの記述です。
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