過去問 H30年 国家一般職(高卒 基礎)No.28解説

 問 題     

明治時代以降の我が国の外交に関する記述として最も妥当なのはどれか。

1.北清事変を契機にロシアが満州を占領すると,警戒感を強めた我が国は,英国と日英同盟協約を締結した。

2.日露戦争では,我が国は戦争の続行が困難となったため,米国のトルーマン大統領の仲介で,下関条約を調印した。

3.第一次世界大戦後,国際連盟が発足したが,我が国は発足当初には加盟せず,米国,英国,フランス,ソ連が常任理事国となった。

4.国際連盟が満州における中国の主権を認めると,我が国は,国際連盟から脱退し,その後,満州事変が起こった。

5.第二次世界大戦後,サンフランシスコ講和会議が開かれ,佐藤栄作内閣は,米国やソ連などとの間で講和条約に調印した。

 

 

 

 

 

正解 (1)

 解 説     

選択肢 1 は妥当です。
ロシアの南下策に対抗した日英同盟についての記述です。

選択肢 2 ですが
日露戦争「ポーツマス条約」で講和です。「下関条約」は、日清戦争の講和条約です。選択肢 2 は誤りです。

選択肢 3 ですが
国際連盟の特徴として、言い出しっぺが不参加があげられます。すなわち、米国が参加していません。「米国・・・が常任理事国」という部分が明らかに誤りです。選択肢 3 は誤りです。

選択肢 4 ですが
国際連盟が派遣したリットン調査団の、満州事変における日本の正当性は容認できないという調査結果を受けて、我が国は国際連盟を脱退しました。「国際連盟脱退後、満州事変が起きた」わけではありません。選択肢 4 は誤りです。

選択肢 5 ですが
サンフランシスコ講和条約で調印したのは、吉田茂です。佐藤栄作ではありません。選択肢 5 は誤りです。

以上より、正解は 1 です。

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