前項までは普通のアルケンについての付加反応を扱ってきました。この項では、アルケンの中でも共役ジエンに注目し、ハロゲンの付加反応の特徴を説明します。
共役ジエンとは、ブタ-1,3-ジエンに代表されるアルケンです。つまり、二重結合を 2 つ持っていて(=di+ene)、かつその 2 つが 1 つの単結合に隔てられている(共役している)ものをいいます。
例えば二重結合が 1 位と 3 位にある場合、または 2 位と 4 位にある場合などは共役ジエンです。一方、1 位と 4 位だと、その間に 2 本の単結合があるため、これは非共役ジエン(ただのジエン)です。
s-cisとs-trans
共役ジエンには、s-cis と s-trans という配座の考え方があります。これは、2 つの二重結合の間にある単結合が回転することによって、cis 体または trans 体のような配座を取ることを指します。
以下に、ブタ-1,3-ジエンを例にその構造を示します。
これは単結合の回転であるため、いわゆる cis 体、trans 体のような異性体ではなく、あくまで別配座の同一化合物です。s-cis や s-trans の”s”は、single bond、つまり単結合を意味しています。
一般論として、s-trans 配座のほうが s-cis 配座よりも安定といえます。s-cis 配座では立体反発が発生するためです。
1,2-付加と1,4-付加
共役ジエンにハロゲン化水素を作用させると、付加反応が進行します。しかし、この時できる生成物は単一ではなく、2 種類あります。まず、次の反応機構を見てください。
上図の通り、この反応ではまず、共役ジエンの二重結合がハロゲン化水素(HX)のHを攻撃します。ここでは H+ が付加したことになるので、その結果、中間体としてアリルカチオンが生成します。
そして、この中間体が共鳴構造にあるため、どちらの状態で X– 付加反応が起きるかによって生成物が2種類となります。最終的に HX の H と X が 1 位と 2 位に付加することを1,2-付加といい、1 位と4 位に付加することを1,4-付加といいます。
この 2 つの生成物の生成比は、主に反応温度に依存します。結果から示すと、高温条件では1,4-付加が起こりやすく、低温条件では1,2-付加が起きやすくなります。
この理由を考える前の準備として、今回出てくる 2 種の中間体と 2 種の生成物の安定性を考えます。
まず 2 種の中間体を比べると、先ほどの図を見るとわかる通り、1 つは第二級アリルカチオン(より安定)で、もう1つは第一級アリルカチオン(より不安定)です。
次に生成物を見ると、第二級アリルカチオンを経たものは末端アルケン(より不安定)となり、第一級アリルカチオンを経たものは内部アルケン(より安定)となります。
つまり、より不安定な中間体を通る経路だと安定な生成物ができ、安定な中間体を経ると不安定な生成物ができます。
これをエネルギー図にまとめたものが以下の図です。
ここで、高温条件下では充分なエネルギーが与えられるため、簡単に活性化エネルギーの高い遷移状態を越えることができ、最終的に安定な生成物をとるような反応(1,4-付加)が起こります。これを「熱力学的支配」といいます。
一方、低温条件下では充分なエネルギーが供給されないため、より活性化エネルギーの低いルートを通ります。その結果、相対的には不安定な生成物ができる反応(1,2-付加)となります。これを「速度論的支配」といいます。
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