立体特異性とは、前述の syn 付加や anti 付加のことです。syn になるか anti になるかは時の運で決まるわけではなく、理に適った反応機構によって定められています。
また、位置選択性とは、付加反応がある決まった位置のみで起こるような性質のことを指しますが、前項の Markovnikov 則がまさに位置選択性を決める重要なルールになります。
この項では立体選択性・位置選択性を考える練習になる反応を幾つか挙げるとともに、前項までで触れていない逆 Markovnikov 則の反応についても説明します。
syn 付加・逆 Markovnikov 則
アルケンからアルコールを合成する方法のひとつに、ヒドロホウ素化-酸化法というものがあります。まずは反応式を示します。
上の反応式を見るとわかる通り、この反応は Markovnikov 則に従っていません。とはいえ、考え方は Markovnikov 則の時と同じく、中間体の安定性に注目すればよいです。
今回の場合は中間体ではなく遷移状態について考えることになりますが、反応途中の状態ということに変わりはありません。
上図に2つの遷移状態(この形の遷移状態を、四中心遷移状態と呼びます)を示しましたが、この反応の場合、上側の遷移状態を経由する生成物が選択的に得られます。この選択性の主な理由は、立体障害です。
つまり、ある程度の大きさをもつボランが基質(アルケン)に近づこうとした時、アルキル基(R-)の有る側よりは無い側(水素原子のついた側)のほうが立体的に空いているため、近づやすいということです。
以上のことから、今回の場合は逆 Markovnikov 則が適用されているといえます。
そのため、とある反応が Markovnikov 則に従うか逆 Markovnikov 則に従うかは、結論だけを覚えるというよりも、しっかりと中間体の安定性(あるいは反応の優位性)を考えて結論を出せるようにしておいたほうが良いと思います。
ここまではヒドロホウ素化-酸化法における位置選択性の説明でしたが、立体特異性はどうでしょうか。上記の遷移状態を見ればわかる通り、ボランのホウ素原子と水素原子が同じ側にあるため、syn付加となります。
anti 付加・ Markovnikov 則
次はオキシ水銀化-還元法という反応について扱います。
ヒドロホウ素化-酸化法と同様、アルケンをアルコールに変える反応ですが、こちらは anti 付加で Markovnikov 則に従います。その反応機構は以下の通りです。
この反応は、まずアルケンと酢酸水銀が反応し、水銀を含む三員環イオン(マーキュリニウムイオン)を形成します。そして、水分子が反対側から攻撃してきます。ここがanti付加となるポイントです。
また、この時に Markovnikov 則に従い置換基の多いほうに付加するため、位置選択性についてもここで決まります。
その後、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)による還元を受けて水銀が水素と置き換わり、アルコールが生成します。
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