エナンチオマー
前項までで立体異性体の概略を示しましたが、立体異性体はさらに「エナンチオマー」と「ジアステレオマー」に分類されます。
エナンチオマーとは、互いに鏡に映した構造をしている化合物のことで、鏡像異性体といった言い方もされます。先に例を挙げた右手・左手の関係や、乳酸などはまさにエナンチオマーの例です。
エナンチオマー同士の2つの化合物は、それらの融点や沸点、密度や熱伝導度など、ほとんどの物理的・化学的性質が等しいという特徴があります。ただし、前項で述べた通り旋光度の向き(符号)に関しては逆になります(とはいえ、旋光度の絶対値は等しいです)。
また、有機化合物の構造を知る際に常套手段として用いられるNMRにおいても、そのスペクトルは同一のものとなるため、NMRでもエナンチオマーを見分けることはできません。
一方で生物学的性質に関してはエナンチオマー同士で異なることも多く、エナンチオマーの片方が薬になって他方が毒になるといったケースもあります。このような例で有名なところではサリドマイドによる薬害などが挙げられます。
図1.R-乳酸(左)とS-乳酸(右)
図2.S-サリドマイド(左)とR-サリドマイド(右):R体は妊婦のつわりや不眠症を改善させますが、一方、S体には催奇性(胎児に奇形が生じる)が認められます。
ジアステレオマー
ジアステレオマーとは、エナンチオマーではない立体異性体全般を指します。
上図の乳酸やサリドマイドには不斉点が1つしかないため、一方に対する他方がエナンチオマーと呼ぶことができました。しかし、不斉炭素が2つあるような化合物だと、以下のように4つの立体異性体が存在することになります。
図3.4つの立体異性体
上図を見ると全て結合の並び方は同じですが、官能基の付いている方向だけは違います。
- -OH基が2つとも紙面手前に伸びている
- 左側の-OH基は奥へ、右側の-OH基は手前に伸びている
- 左側の-OH基は手前に、右側の-OH基は奥へ伸びている
- -OH基が2つとも紙面奥へ伸びている
このような場合、化合物①を基準にして考えますと、エナンチオマーを探す場合は鏡に映したもの、つまりちょうど逆になっているものを選びます。
「-OH基が2つとも紙面手前に伸びている」の逆は「-OH基が2つとも紙面奥へ伸びている」を指しますので、化合物①のエナンチオマーは化合物④ということになります。
そして、②と③はエナンチオマーでない立体異性体なので、これらのことをジアステレオマーと呼んでいます。
同じように考えると、化合物②にとってのエナンチオマーは化合物③で、ジアステレオマーは化合物①と④になります。
また、互いにジアステレオマーである化合物については、その物理的・化学的性質が異なります。もちろん生物学的性質も違います。
演習問題)99回薬剤師国家試験 問8
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