問 題
次は,ある事例に関する記述であるが,この記述の情報から担当精神科医が DSMー5(精神疾患の診断・統計マニュアル)に基づき,あるパーソナリティ障害であると診断した。その診断名として,最も妥当なのはどれか。
Aは高齢で痩せた男性である。ある日,異臭に気付いた隣人から警察への通報があり,警察官が Aのアパートに駆けつけたところ,数日前に病死したと思われるAの姉が発見された。姉は長く病気を患っていたようであり,検視の結果,病死であることが確認された。死亡報告が遅れた理由について,Aは「部屋が散らかっていたため,死亡報告をして管理人が家に入ると,管理人からアパートを立ち退くように言われるかもしれないと思った。」などと述べたが,それ以上の説明はなかった。姉の病死後も普段どおりの生活を送っていたようで,姉の死によって必要とされる対応は一切していなかった。警察官が訪れたときには,Aは「ちょうど助けを呼ぼうとしていたところだった。」と話していた。
警察官は,Aが姉の死にショックを受け,何らかの精神的な問題が生じているのではないかと疑い,精神科を受診させた。診察時の問診では,Aは自分の取った行動が社会的に不適切であったことや,もっと早く助けを呼ぶべきであったことを認めたが,姉の死を含め,その他の事実関係については冷静かつ淡々と話していた。Aは姉の死を知ったときについても,「悲しみや落ち込みという気持ちはほとんどなく,あまり実感がなかった。」と振り返っていた。
Aは,配管工や電気工として働き,定年後は年金生活をしていた。他界した姉は働いたことがなく,結婚歴が1 回あるものの数か月で離婚しており,その間を除く数十年間にわたり,Aと姉は二人で生活を続けていた。Aは普段無口であり,これまで恋愛関係や性的関係を持ったことがなく,友人と呼べるような人はほとんどおらず,周囲との付き合いもなかった。これに対し,A自身は,「自分は貧乏だったので,毎日のように働かなければならなかった。」と説明した。
ただし,自分の興味関心のある講演会等については参加することが多く,「自分が最も満足感を得られるのは知的関心が満たされたときだ。」と話していた。Aは,「生物発光と遺伝子の関係」というタイトルで論文を執筆中であった。内容は,遺伝子組換え技術により人間の皮膚を微妙な色で輝かせることで,直接的に自他の感情を認識できるようになるというものであり,本人は「画期的な発明を成し遂げつつある。」と捉えていた。しかし,実際のAの論文は冗長で,論理性に乏しかった。
診察時には,ボタン付きのシャツをきちんと着ており,礼儀正しい振舞いをすることができた。また,視線のやり取りは不自然でなく,発話は筋が通っており,目標指向的な話しぶりであった。ただし,直前に姉が他界したという状況には不釣り合いなほどにはきはきとした口調であり,自分
自身の話よりも,科学への自分の興味について話そうとしがちであった。
Aは,これまで精神科診察を受けたことがなく,自分自身の躁状態や幻覚等の精神病症状について否定しており,診察時にも妄想であると考えられるような発言はなかった。Aに関係する人に確認しても,そうした症状を疑わせるような話はなかった。また,姉の死亡報告をしなかったことな
どは社会的な不適応行動と言えたが,日常生活上の知識や常識に不足はなく,認知機能は正常であ
ると思われ,思考,判断の目立った偏りもなかった。
1.A群パーソナリティ障害の猜疑性パーソナリティ障害
2.A群パーソナリティ障害のシゾイドパーソナリティ障害
3.A群パーソナリティ障害の統合失調型パーソナリティ障害
4.C群パーソナリティ障害の回避性パーソナリティ障害
5.C群パーソナリティ障害の強迫性パーソナリティ障害
解 説
数十年間共に過ごしてきた姉の死という状況に対する感情の浮き沈みのなさ、生涯を通じて非社交的であるエピソード、認知や思考、判断に目立つ偏りなし といった点から「シゾイドパーソナリティ障害」が妥当であると考えられます。
ちなみに、猜疑性パーソナリティ障害は、妄想性パーソナリティ障害とも呼ばれます。明確な根拠なく、ほんの少しの出来事から勝手に曲解して、人から攻撃される、利用されるといった不信感や疑念を病的に有し、広く対人関係に支障をきたすパーソナリティ障害の一類型です。特に曲解、不信感、疑念等を示すエピソードは見られません。
統合失調型パーソナリティ障害は、行動や話し方、感情表現に奇妙さを持ち、妄想様の知覚、被害妄想的な疑い深さを持ち、人とかかわろうという動機がないことを特徴とするパーソナリティ障害です。特に行動、話し方、感情表現に奇妙さが見当たらず、該当しないと判断できます。
回避性パーソナリティ障害は、重度の自意識過剰や不安などにより、あらゆることに臆病になってしまうことが特徴であるパーソナリティ障害です。特に臆病さは読み取れません。
強迫性パーソナリティ障害は、秩序や一定の流儀へのこだわりが強過ぎて、それを完璧にやり遂げようとして、かえって支障をきたしているという様式が広範にわたり、著しい苦痛や社会機能の障害を伴っている状態のことです。特にこだわり等は見られません。
以上より、正解は 2 です。
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